原理優先 vs. 応用優先 3 →さらに特定的思考と包括的思考
こんにちはAbbyです。
ご訪問ありがとうございます。寒くなってきましたので、暖かくしてお過ごし下さい!
さて、原理優先思考と応用優先思考についてお話ししましたが、さらにエリン・メイヤーは特定的思考と包括的思考についても言及しています。これも「その通りだなー」と思う事例があるので共有します。
欧米の特定的思考:ミクロからマクロへと考える。個別で具体的に始まる。
アジアの包括的思考:マクロからミクロへと考える。全体像の把握から始まる。
*その例として、アジアでは住所は、県ー>市→町→番地である一方、欧米では番地から表記。アジアでは名字が先で、名前が続く。欧米では、名前が先で名字が続く。
(出典:エリン・メイヤー/異文化理解力)
昨日の研修のプレゼンでも、当社のケース、という個別で具体的なところから入った私と、全体の礎となる原則から入った他のメンバーもその一つの例と言えます。双方ミクロもマクロもカバーするのですが、アプローチが異なるのです。でもこれは大きな違いです。
もう一件卑近な例ですが。ある日会社のコンプライアンスチームが、新しいリスク分析のアプローチについて説明のメールを出しました。私はこのメールに対して違和感はなかったのですが、「一体このメールは何だ!!」とお叱りが出たそうです。曰く、こうしたメールを送信する前には、然るべき頭出しをして、事の全体像を周知すべき、との事でした。いきなり具体的な説明に入るのでは、唐突すぎる、と。
コンプライアンスチームで上記のメールを送信したのは、実は非常に優秀な日本人でした。その方は、変更のないアプローチなので、具体的なアクションにフォーカスしないと行動を起こしてもらえない、と感じての送信内容であったようです。
仕事中、他者の行動に怒りを覚える、という事はあるかと思います。ですが怒りの元となった他者の行動は、思考の違いである場合もあるのです。思考の違いもダイバーシティです。職場ではどんな変化球が来ても大丈夫、な自己を築いたほうが、怒っているより対応はよっぽど早いかと。